無利子国債は地方を救うか
小沢一郎氏が、地方が高速道路を造ることを認めようといっています。でもって、国が無利子国債を発行して地方を支援してあげよう、と。
こんな話を聞くと、県知事さんたちは、涙がこぼれるほど嬉しがるかもしれません。
何故かといえば、高速道路を造るとなれば、莫大なお金が動くからであり、そうした大規模なプロジェクトを自分たちの一存で決めることができるとなれば‥、そして、そのためのお金は、国が無利子国債を発行して集めてくれるとなれば、もうこれは美味しいことだらけ。
もうこれは絶対に小沢氏を支持したい、なんて思っている首長さんたちが増えているのではないでしょうか。
でも、このアイデア、考えれば考えるほど疑問が湧いてきます。
国の権限を地方に移譲するといえば、地方分権を進めるということで大変に聞こえはいい!
しかし、中央集権は常に悪で、地方分権は常に善なのか?
そんなことはないのです。もちろん、余りにも細かなことに中央が注文を付けることは如何かと思うのは私も同じですが、では、霞が関の権限を可能な限り地方に移譲すれば、それで全てが巧くいくとは限らないからです。否、様々な部門で、却って権限を委譲しない方がよかったとさえ思われることも起こりそうなのです。
つまり、都道府県は都道府県で、霞が関と同じように官僚のための行政が展開されているからです。天下りもちゃんと存在しています。それに官僚が議会をコントロールしている程度は、中央よりも地方の方が凄いではないですか。即ち、議会で答弁をするのは、首長以外は皆県庁の幹部ばかり。
それに、ご承知のように第三セクターをせっせとこさえて、不良債権の山を作ったわけです。
今の民主政権は、国の出先機関を廃止すると言っています。
まあ、一般の方々は、国の出先機関といっても、あまり縁がないから廃止するといわれても、ああそうなの、という反応だと思うのですが‥
皆さん、日本の金融危機を憶えているでしょうか?
あんな大きな銀行がというところが、次々に潰れてしまったわけです。もちろん、そうしたことが起こる前に、多くの信用組合や信用金庫も破綻していったわけです。
で、以前は、信用金庫は国の出先機関が検査監督を担当し、一方、信用組合は都道府県が検査監督を担当していたわけです。しかし、国の出先機関の場合には、そうした仕事が専門であり、しかも全国の情報が得られるのでまだましな検査がなされていたわけですが、都道府県の信用組合に対する検査は手ぬるいものになっていたのです。都道府県の場合には、信用組合の検査などをする担当課は、花形の課ということではなく、また、知事などの幹部連中もそうした仕事に対する関心が大変薄かったのです。
で、そうした結果、信用組合の検査体制は抜本的に見直すことが必要だということになり、国の出先機関が担当することになったという訳です。
しかし、もし、今後国の出先機関を廃止するとなれば、また、そうした検査業務が都道府県に戻されることになるわけですが、それが果たして適当なのか、と。
話が、本題から逸れた感がありますが、いずれにしても地方分権は良いことばかりだ、というのは幻想に過ぎないのです。
多数の都道府県にまたがるような高速道路を地方に造らせるといっても、国が関与しないとなれば、誰がどう調整しようというのでしょうか。そうした調整作業には多くの困難が生じることが予想されるのです。それにそうして出来上がった道路は、高速道路であっても地方道ということになるのでしょうか?
いずれにしても、小沢氏は、そうした道路を造る財源として国が無利子国債を発行して支援するのだ、と。
しかし、小沢氏は言っているわけです。ひもつき補助金はいかん、と。ひもつき補助金を一括交付金にするのだ、と。
国が無利子国債を発行して、そうして得たお金を高速道路の建設に対して支給するとなれば、それはひもつき補助金ではないのでしょうか。
そうしたことをテレビのコメンテーターは鋭く追及すべきなのです。
さらに問題があります。仮に、そうやって高速道路の建設を国が支援するにしても、何故、無利子国債なのか、と。通常の国債を発行して得たお金を支給すればいいではないか、と。
無利子国債といえば、あの亀井氏を思い出しますが、結局、無利子国債は、財政出動派のシンボルみたいなものだということでしょうか。単なる財政出動派というだけではないかもしれません。
財政出動派プラスお金持ちの味方!
私は、政府紙幣とか無利子国債の発行を主張する考え方が理解できません。
経済リテラシーが疑われます。
ただ、若干は同情する要素もあることはあるのです。政府紙幣や無利子国債の発行を支持するような人々は、今の不況をどうにかしたいと思っている人が多いのも事実でしょう。
しかし、私が気に入らないのは、そうした構想を支持する人々は、そうした構想に反対する人に対しエキセントリックに攻撃する性癖があるということです。
私思い出しました。そういえば、今から40年ほど前の時代にも同じような光景を目撃した思い出があります。当時、学生と言えば、マルクスの考え方を支持するのが当然のような風潮がありました。厳密に言えば、当時でも右翼の人はいた訳ですが、今とは全く異なり、非常に少数派でしかなかったわけです。
そうした状況のなかで、マルクスの考え方に逆らうようなことを言おうものならば、お前はバカか、という扱いをされたわけです。
今の状況は、それに大変酷似している、と。
当時は、資本家というか大企業が悪であり、労働者は、搾取された富を奪い返す権利があると信じられたわけです。
で、今は、日本銀行が悪であり、国民は、貨幣の発行権を取り戻して、自由に貨幣を発行し経済を立て直すべきだ、と。
でもね、と言いたい。どっちの考え方も極論であるのです。つまり、ピントがずれている、と。
大体今から190年ほど前に、リカードは、その「経済学および課税の原理」のなかで言っているわけです。
紙幣の発行は、国が行おうとも、或いは銀行(中央銀行)が行おうとも、経済の発展のためにはどちらでもいいことなのだ、と。しかし、国民の観点からすれば大きな違いが生じる、と。
銀行に紙幣の発行権がある場合、もし、国がその行政経費を、中央銀行に国債を引き受けてもらい賄おうとする場合には、国債の利払いに必要な財源を国民に税をかけて徴収する必要が出てくる、と。
それに対し、もし、国がその行政経費を、紙幣を発行して賄うとするならば、国民に税を課す必要はない、と。で、そうなれば、国民からすれば、国に紙幣の発行権があるのであれば、税金を免れることができ、その分利益になるのだ、と。
但しと、リカードは言います。
紙幣の発行の濫用が全く起こり得ないとするのであれば、どちらが紙幣の発行者になって構わないのだが、政府が紙幣の発行をすれば、どうしても発行権が濫用される恐れがあるのだ、と。
国に紙幣の発行権があった方が国民にとっては利益になるが、紙幣発行権を乱用する恐れが強いのは、発行権が銀行にある場合よりも国にある場合なのだ、と。
国に紙幣の発行権があれば、国民は税の負担から一時的に逃れることが可能であるが、政府が紙幣の過剰な発行をしてインフレになれば、それ以上の負担が国民経済に圧し掛かってくるのだ、と。
いいですか、今から190年前に、リカードはちゃん答えを示しているという訳です。
にも拘らず、あれから190年も経つというのに、まだ理屈も分からずに政府紙幣だなんて主張する人々がいるわけです。
まあ、今はデフレを心配すべきであり、インフレは、それがマイルドなレベルであれば、むしろ歓迎すべきだ、なんて言うのでしょうね。
だけども、それは、あくまでもインフレがマイルドなレベルで止まればということなのです。
一旦、政府紙幣を発行してしまえば、もう1回、もう1回となってしまうと予想されるのです。
つまり、人間は誘惑に弱いものだということを忘れてはいけないのです。だってどんなに立派な学者でも、ネコババの誘惑に逆らえないことがあったではないですか。
そういうことなのですよ。人間は、弱いもの。人間は過ちを犯すもの。私は、過ちを犯した人がテレビに出てはいけないなどと言っているのではないのです。でも、それは真摯に反省をした上で視聴者が判断することです。それを本当のことを言っても信じてもらえないから、罪を認めただなんて‥、信用できません。
本題の、無利子国債についてはどう考えるのか?
無利子国債といっても、国債は国債。だから、財政再建を重視したいというのであれば、なかなか賛成はできないはず。それに、財政再建を急ぐべきではないという人々にとっても、通常の国債の発行が可能なのに、何故無利子国債なのかという疑問が生じるわけです。
結局、無利子国債なんていって、どさくさにまぎれてお金持ちが相続税を支払わずに済むことを画策しているとしか思えないということなのです。
我々の認識として、今はどうしても財政出動が必要であるが、しかし、通常の国債ではこれ以上の消化が難しいからという状況にあれば、無利子国債というアイデアが出るのもうなずけるわけですが、事実はそうではない、と。
何故、小沢氏は、敢えて無利子国債を主張するのか?
どうしても、亀井氏が無利子国債の発行を主張したことを連想してしまうのです。小沢氏も、亀井氏ほどどぎつくはないにしても、やはり財政出動派であるのだ、と。
そして、財政出動のためには国債の発行が必要だが、無利子国債は利子を支払う必要のない国債だから、国民の負担は軽く済むといって、我々を煙に巻こうとしているのです。
まあ、マーケットが小沢氏のばら撒き体質を察知しているからこそ、長期金利が1.1%台にまで上昇しているわけでしょう。
以上
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