小笠原誠治の経済ニュースに異議あり!

生産性の向上と失業

 今週は、デフレを克服するためには何が重要かと聞かれた白川日銀総裁が、それに対して、生産性の向上が重要なのだと答えた真意をずっと考えていました。

 白川総裁は言います。生産性が上がると、将来所得が増加することが期待できる、と。

 本当にそうなのでしょうか?

 確かに生産性が向上すると、今まで必要とされた労力の節約が実現でき、そうなると、生産費が減少するので利潤の拡大につながる可能性がありますが‥、しかし、むしろ製品価格の低下に結びつかないのか、そしてまた、不要になった労働者が失業してしまうのではないか。


 

 生産性の向上が、生産に必要な労働力を省力化するということだ、と考えるのであれば、生産性の向上は時として失業をもたらすというのは、そのとおりでしょう。つまり、生産性の向上は、労働力の余剰をもたらす、と。そして、労働力の余剰がもたらされると聞くと、労働者の側は、自分はどうなるのだろうか、と心配になるでしょう。

 しかし、経済が長期的に成長するとはどういうことを意味するのかをよく考えて下さい。

 経済が長期的に成長を続けるというのは、毎年毎年GDPが増え続けることなのです。しかも、名目のGDPではなく実質GDPが増えるということだ、と。

 では、実質GDPを限りなく増大させるために必要な条件は何か、と。

 GDPは、基本的には、労働者と資本を用いて生産するものです。つまり、我々人間が働くからこそGDPが増える訳です。しかし、もし、人口が増えも減りもしない状況であると仮定すれば、どうやって人間が作り出すモノやサービスを限りなく増加せることができるのか、と。
 
 そうです。そのためには、生産効率を上げるしかないのです。つまり、生産性の向上です。要するに、余剰な労働者が生まれるから、新しいモノやサービスを生産する余力が生じ、GDPを限りなく増大させる力が生まれるのだ、と。逆にいえば、そうした余剰労働が生まれない限り、GDPをいつまでも増大させ続けることはできない、と。

 そう考えると、生産性の向上によって生まれる余剰労働を失業ととらえるよりも、これから先の成長を保証するものだと理解すべきなのです。それに、そうした労働余剰がいつまでも余剰のままである筈がないことにも注意する必要があります。つまり、いつまでも失業者でいるわけはない、と。

 コメ作りの生産性が10倍になるという極端なケースを考えてみましょう。そうした場合、これまで存在したコメ作り農家の9割が新しい仕事を探す必要があるわけですが、そうした人々は、少なくても食べるに困ることは多分ないであろうということに気が付くべきです。それは、例えば、次のようなことを考えると理解しやすいはずです。

 例えば、南の島の孤島で、10人の人がコメを作って生活していた、と。いずれも、自分が食べるコメを生産するのが精一杯で、皆一生懸命コメを作り生きていた、と。

 ところが、ある日、誰かが、その島にいた牛を使いコメを作ることを考え、そしてまた、新種のイネを発見したと。その結果、たった1人でそれまでの10人分の生産をすることが可能になった、と。

 残りの9人はもはやコメを作る必要がなくなった訳です。ただ、その1人は、自分で食べるコメの10倍も生産しているわけですから、残りの9人分が余剰になるわけです。彼が人情深い人だったら、その余ったコメを他の人々に分け与えるかもしれません。しかし、彼は考えるでしょう。コメを作るのは楽になったとはいっても働いているのは事実なのだから、コメを与える代わりに何かをもらいたい、と。そうすると、残りの人々は、自分が生活するために必要なコメを獲得するためにいろいろ考えるでしょう。そうだ、森に入って、果物を取ってきてそれとコメを交換してもらおう、と。或いは魚をとってきて交換してもらおうと。あるいは、体をマッサージしてあげてコメをもらおうとするかもしれません。いずれにしても、牛を使ってコメを作ることを考えた人は、急に収穫量が10倍にもなり、食べきれないほどのコメを獲得してしまったわけですから、割と気前よく何とでも交換する気になるのではないでしょうか。

 要するに、生産性の向上が急激に進めば、仮に失業が一時的に生まれても、何かの職業が生まれてくるであろう、と。現実に世の中を見回すと、100年前には想像もつかなかったような職業が今、如何に多く存在しているか、と。

 ということで、労働力の省力化につながる生産性の向上は少しも恐れる必要はない、と。


 ところで、以上の議論は、必要とされる労働力の省力化による生産性の向上についてのものですが、労働力の縮小にはつながらない生産性の向上を重視することもそれと同じに、或いはそれ以上に重要であるということをお示ししたいと思います。

 生産性の向上とは、常識的な意味では、生産の能率を上げることですから、ある製品を生産するのに必要な労働が少なくなることを意味するわけですが、そうであるにしても、例えば、生産性の国際比較をする場合の生産性とは、労働者1人当たりの付加価値額を指すということは事実です。

 つまり、そうした意味では、必要な労働量がどうかとは関係はなく、もし、新しい製品が発明、考案されるなどして、それが仮に消費者の高い支持を得て、そして高い価格で販売されることになれば、それもまた生産性が大きく向上したことになるわけです。

 例えば、コメ作りにおいて、仮に量的には増加させることはできなくても、大変に美味しいコメを作ることができ、そして消費者が、そのコメに対して10倍の価格を付けるのであれば、それもまた生産性が10倍になったことを意味するのです。

 そして、この場合の生産性の向上の場合には、余剰な労働が生まれることはありませんから、失業の問題を気にする必要はないわけです。

 こうして考えてくると、やっぱり生産性を上げることが如何に重要であるかが徐々に分かってくるような気がするのですが‥

 でも、これはある意味、市場経済の原理をより重視する立場にもつながり、そして、そうであるのならば、第3の道を強調する菅財務相とは、少しばかり考え方が違うような気がします。

以上

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02月04日更新

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小笠原誠治(おがさわら・せいじ)

小笠原誠治(おがさわら・せいじ)

1976年3月九州大学法学部卒。1976年4月北九州財務局(大蔵省)入局。
大蔵省国際金融局開発金融課課長補佐、財務総合政策研究所研修部長、
中国財務局理財部長などを歴任し、2004年6月退官。
以降、経済コラムニストとして活躍。
メールマガジン「経済ニュースゼミ」(無料版・有料版)を配信中。
著書に「マクロ経済学がよーくわかる本」(秀和システム)、
ミクロ経済学がよーくわかる本―市場経済の仕組み・動きが見えてくる」(秀和システム)、
経済指標の読み解き方がよーくわかる本」(秀和システム)がある。
企業・団体などを対象に、経済の状況を分かりやすく解説する講演も引き受ける。

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