第40回 アメリカの出口戦略(3/3)
1兆ドルを上回る預金準備が供給されたとは、すなわちアメリカ国内のマネタリーベースが同額分増えたということだ。通常の経済であれば、中央銀行が供給したマネタリーベースの数倍から十数倍のマネーストックが増加し、アメリカ経済の規模をもってしてもインフレの加速は免れないところである。
ところが、現実のアメリカはインフレどころか、冒頭にも書いたように「コア指数」が、1982年以来はじめて前月を下回るほどの「デフレ状態」にある。本来であれば、物価下落期における金融引締めなど、デフレを悪化させるだけである。
ここからは筆者の推測だが、現在、FRBは以下の二つの未来を予測し、慎重なオペレーションを強いられているのではないだろうか。
1.FRBが供給した1兆ドルのマネタリーベースに信用創造の機能が働き、アメリカ国内でインフレーションが加速する。
2.バランスシート不況の進行によりデフレが深刻化し、経済成長率が再び低迷する局面を迎える
別に説明するまでもないが、1と2の予測では、中央銀行が採るべき金融政策は真逆になる。1の場合は金融引締めが正しいが、2の場合は金融引締めなどもっての他だ。景気が完全に回復しない中で日本銀行が金融引締めに動き、結果的にデフレに舞い戻ることを続けてきた経験を持つ日本人なら、尚更そう思うだろう。
だが、アメリカ政府やFRBは、1929年に始まった世界大恐慌以来、本格的なデフレ局面を迎えるのは今回が初めてだ。すなわち、すでに80年近くもの間、アメリカの政策担当者たちはインフレ退治に専念することを続けてきたわけで、デフレへの対応は未経験なのだ。
今回のアメリカにおけるマネタリーベースの拡大と、マネーストックの極端な低迷が「何」を意味しているのかどうかは、当局者たちには判然としないわけである。それを言ったら、世界中の誰にとっても判然としないわけだが、少なくとも長年デフレに悩み続けてきた日本人には、推測をつけることはできるわけだ。
率直に言って、筆者は民間の家計や企業の負債減少が止まらず、コア物価指数がマイナスに突入した以上、アメリカにいよいよ本格的なデフレが訪れたものと考える。確かに、09年第4四半期以降のアメリカ国内経済の状況は堅調に見えるが、これは政府の支出増加や在庫増の影響によるところが大きい。アメリカの民間経済が自律的な回復局面を迎えたのかどうかは、現時点では「不明確」なのだ。
実は、1930年代のアメリカ大恐慌期において、ルーズベルト大統領の財政出動拡大政策、いわゆるニューディールは、確かに一時的にアメリカ経済を回復させた。ところが、通常経済への復帰を迎える前に、1937年にルーズベルト大統領が国債の発行を絞り込み始めた結果、アメリカ経済は再び奈落の底に落とされてしまったのである。
結局、その後のアメリカ経済は、日本の真珠湾攻撃以降の軍需の拡大期を迎えるまで、大恐慌以前の経済規模を取り戻すことはなかったのである。
今回のFRBによる公定歩合の引上げが、即座にFF金利(政策金利)の引き上げに繋がるとは限らない。とは言え、長期国債買取の終了、公的歩合の引き上げ、さらにMBSやGSE債の買取終了が予定されている以上、FRBがいわゆる「出口戦略」を模索しているのは明らかだ。
FRBはゼロ金利や量的緩和(国債やMBS債などの買い取り)、それに銀行に対する窓口融資について、あくまで「非常的手段」として捉えているようだ。
しかし、インフレ期の非常的手段が、デフレ期においても同じ名前で呼ばれるとは限らない。同様に、デフレ期の非常的手段は、インフレ期にはむしろ適正な政策に該当するかも知れないのだ。
要するに、インフレ期とデフレ期は政策の適正が真逆になる可能性があるのである。具体的に書けば、総需要の抑制はインフレ期には適正だが、デフレ期には不適正だ。あるいは、マネタリーベースの拡大はデフレ期には適正かも知れないが、インフレ期には事態を悪化させるだけなのである。
この「インフレ期とデフレ期の政策」の違いを理解しないまま政策を推し進め、状況を悪化させてしまった政権や政策担当者は実に多い。
現在のアメリカの政権を担うオバマ大統領や、FRBのバーナンキ議長が、ルーズベルト大統領などの前例に倣うことがないように、願わずにはいられないわけだ。
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