三橋貴明の「経済記事にはもうだまされない!」

第40回 アメリカの出口戦略(1/3)

 2010年1月のアメリカの消費者物価指数は、大方の予想を下回り、対前月比でわずかに0.2%の上昇に終わった。しかも食品とエネルギーを除いた「コア指数」は、1982年以来はじめて前月を下回ったのである。

 要は、予想通りアメリカにおいても、デフレ傾向がはっきりしてきたわけだ。

 リーマンショック以降、FRBが国債やGSE債を約100兆円も買い取り、マネタリーベースを拡大したにも関わらず、マネーストックはその半分も増えていない。少なくとも、アメリカ国内においては、中央銀行が流動性を供給しても、実需面への波及効果は弱い状況が続いている。

 中央銀行が金融緩和を拡大しても、物価上昇にはまったく結びつかない。まさしく、90年のバブル崩壊以降の日本と同様だ。小泉政権下においてデフレが問題視された時期、日本銀行は史上最大級の量的緩和を実施した。しかし、それでも日本はデフレを脱却することはできなかったわけだ。

 日本の経験を思えば、今回、世界史上最大のバブル崩壊を経たアメリカがデフレに陥ることは、十分に推測できた。

 そもそもFRBの最新データ(09年9月末時点)によると、現在のアメリカでは家計、企業、金融機関など、民間の経済主体が自分たちの「負債」を減らし続けているのである。民間が負債削減に走る中、ただ政府のみが(景気対策や公的資金注入が理由で)国債を増発し、負債を積み上げる。中央銀行が政策金利をゼロに引き下げ、マネタリーベースを拡大しても、マネーストックは増えない。すなわち、デフレから脱却できない。

 まさしく「バランスシート不況」である。そもそも各経済主体が「お金を返したい」以上、民間の資金需要が高まるはずもないのだ。民間の資金需要がないところに、中央銀行が流動性をいくら供給しても、銀行の貸出残高は増えない(=マネーストックが拡大しない。)。
 そして、なぜ民間の資金需要がないのかといえば、無論、バブルが崩壊した結果、各経済主体が「自分たちが分不相応に借り入れを増やしてしまった」事実に気がついたためである。何しろ、経済のバブル化の本質は、民間が「過剰に負債を増やす」ことなのである。決して「資産を増やす」ことではないのだ。

 確かに、バブル期には資産価格が上昇し、誰もがこぞって不動産や株式を(時にはチューリップの球根を)買い求める。皆が資産購入に殺到した結果、当然ながら資産価格が上昇し、その価格上昇自体が、人々の購入意欲をさらに高めるのである。

 ただし、その国の国民が自分たちの余剰資産なり、あるいは所得の範囲で資産を購入したのであれば、国家経済全体へのダメージは大きくならない。すなわちバブルが崩壊し、資産価格が下落したとしても、国家経済のフロー(GDP)にはあまり影響を与えないのである。

 分かりやすい例を上げると、戦後の日本はインフレーションの中で戦時中に発行した国債や生命保険を希薄化(実質的な価値の切り下げ)した。結果的に、人々が持つ有価証券は紙切れも同然になってしまった。

 とはいえ、当時は所得が(インフレということもあり)伸びていたため、金融資産を失った人々が暴動を起こすことはなかったわけだ。人々が暴動を起こすのは、資産が減少したときではない。所得が激減したときなのである。

 バブル経済が厄介なのは、資産価格高騰に用いられた「原資」の多くが負債、すなわち借金により調達されたためなのだ。

 他者からの借り入れで資産を購入した場合、その人(あるいは組織)のバランスシートの借方、貸方に、それぞれ同額の資産、負債が積み上がる。そして、バブル崩壊により資産の時価が暴落しても、負債は消えない。バブル崩壊に巻き込まれた民間の経済主体は、支出を切り詰め、過剰に積み上げられた負債の返済に邁進することになる。

 民間の支出切り詰めは、すなわちGDP上の「個人消費」「民間住宅投資」それに「民間企業設備」の縮小である。民間のフロー縮小は、各経済主体のバランスシートの調整が終わるまで続く。これが、いわゆる「バランスシート不況」である。

 バランスシート不況(リチャード・クー氏命名)、あるいはOR学者の木下栄蔵氏の言う「恐慌経済」にある国は、政府の支出拡大が、まさしく必須になる。木下氏の言う「通常経済」のフェーズに戻るまで、政府は金融機関への資金注入や財政出動を継続しなければならないのである。


 恐慌経済とは、要は民間が負債を減らしている時期のことである。

 資本主義経済とは、民間、特に企業が銀行などから融資を受け(=負債増)、投資などの支出に回すことで経済が成長していく。しかし、デフレ期あるいは恐慌経済期には、民間がむしろ負債を減らす経済行動をとってしまう。民間が負債を減らす環境下では、当たり前だが国内の資金需要は細っていく。

 無論、バブル崩壊のダメージで、銀行側が不良債権化を恐れ、中小企業や家計などの比較的脆弱な経済主体に対し、融資を絞り込んでしまう(いわゆる「貸し渋り」「貸し剥がし」)という局面もある。

 特に、国際業務を行っている銀行は、BIS規制により自己資本比率を8%以上に維持しなければならない。だからこそ、銀行は中小企業への融資を絞り、リスク資産としてカウントされない国債購入に走ってしまうという側面もある。

 いずれにしても、さまざまな理由から「民間がお金を借りない、借りることができない」のがデフレ、恐慌経済の特徴なのだ。この状況で、中央銀行が量的緩和の終了や、利上げなどの金融引き締めに走ると、民間はますますお金を借りにくい状況になってしまう。バブル崩壊後の日本は、景気が少し上向くと、即座に日銀が金融引き締めに走り、景気を再び悪化させることを繰り返してきた。

 特に、98年の金融危機時には、日本銀行は小渕政権の金融緩和要請を拒否し続け、問題を深刻化させてしまったのである。


(2/3に続く)

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02月04日更新

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三橋貴明(みつはし・たかあき)

三橋貴明(みつはし・たかあき)

1994年、東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。
外資系IT企業ノーテルをはじめ、NEC、日本IBMなどに勤務した後、2005年に中小企業診断士を取得、2008年に三橋貴明診断士事務所を設立する。現在は経済評論家、作家として活躍中。
インターネット掲示板「2ちゃんねる」での発言を元に執筆した『本当はヤバイ!韓国経済―迫り来る通貨危機再来の恐怖』(彩図社)が異例のベストセラーとなり一躍注目を集める。同書は、韓国の各種マクロ指標を丹念に読み解き、当時日本のマスコミが無根拠にもてはやした韓国経済の崩壊を事前に予言したため大きな話題となる。
その後も、鋭いデータ読解力を国家経済の財務分析に活かし、マスコミを賑わす「日本悲観論」を糾弾する一方で、日本経済が今後大きく発展する可能性を示唆し「世界経済崩壊」後に生き伸びる新たな国家モデルの必要性を訴える。
崩壊する世界 繁栄する日本』(扶桑社)、『中国経済がダメになる理由』(PHP研究所)、『ドル崩壊!』 など著書多数。ブログ『新世紀のビッグブラザーへ blog』への訪問者は、2008年3月の開設以来のべ230万人を突破している(2009年4月現在)。

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