三橋貴明の「経済記事にはもうだまされない!」

第三十八回 アメリカの転進(後編)(1/3)

 アメリカが「ウォール街」と「それ以外」に分割されてしまった状況に不満を抱いたアメリカ国民は、果たしてどのような行動をとっただろうか。
 極めて単純である。選挙でオバマ政権及び民主党に「NO!」を突きつけたのである。

 2010年1月19日に投開票されたマサチューセッツ州上院補選において、民主党候補は共和党候補の前に、もろくも敗れ去った。08年の大統領選において、オバマ大統領を誕生させる原動力となった「無党派層」が、今回は共和党に一気に流れてしまったのが主因である。

 マサチューセッツ州というのは、民主党にとって単なる一州を意味しない。何しろ、マサチューセッツ州といえば、故エドワード・ケネディ議員が五十年近くも上院の座を守り続けてきた「民主党の王国」なのである。日本でいえば、岩手県の衆院補選や参院補選で、民主党候補が敗れるようなものだ。

 特に、亡きケネディ議員は、医療保険改革に心血を注ぎ続けてきた。自身の「目玉政策」も医療保険改革である以上、無論、オバマ大統領も全力で民主党候補を応援したわけである。実際、オバマ大統領は今回の上院補選に際し、わざわざ民主党候補の応援演説に駆けつけている。

 結果、大統領と民主党は痛恨の敗北を喫したわけだ。


 アメリカを見習わなければならないと思う点は、今回のように明確に有権者の意思が示された際に、一気に方針や戦略を転換してしまうところである。アメリカが超大国という理由もあるが、それまでの戦略の継続性や、他国との確執など無視し、ドラスティックに国のベクトルを変えてしまう。

 アメリカにとって、○○主義(例:グローバリズム)とは、「国益」に沿うのであれば採用し、そうでなければ捨て去るだけの存在に過ぎない。国益に沿い、大胆に戦略を変更していく。要するにプラグマティスト(実践主義者)ということであるが、「国益に沿った実践主義」こそが、現在の日本に最も求められるものだと筆者は信じている。

 それはともかく、マサチューセッツ州における敗北は、前回冒頭の「「オバマ米大統領、金融新規制案を発表」」(1月21日)に繋がった。

 無論、何もマサチューセッツ州で負けたから、慌てて戦略転換を考えたわけではないだろう。何しろ、オバマ大統領の金融新規制案発表は、マサチューセッツにおける敗北の、わずか二日後なのだ。

 それ以前から、「二つのアメリカ」問題を解決できないオバマ大統領の支持率は落ち込んでいた。事前にポール・ボルカー元FRB議長を中心に、補選敗北後の戦略を周到に練っていたものと思われる。

 その何よりの証拠が、オバマ大統領の新規制案発表の翌日に、金融安定理事会(FSB)が、まさに「すかさず」賛意を示したことである。


『2009年1月23日 産経新聞「米の規制強化策を歓迎 金融安定理事会
 各国の金融監督当局でつくる金融安定理事会(FSB)は22日、オバマ米大統領が前日に発表した新たな金融規制策について「提案は、FSBが検討している選択肢の範囲内にある」と歓迎する声明を発表した。米国の金融規制策にFSBがお墨付きを与えた格好だ。(後略)』


 アメリカの影響が強いとは言え、FSBは歴とした国外機関だ。それが翌日には賛意表明をしたわけであるから、事前に充分な根回しが終わっていたと考えるべきだろう。世界の金融は「規制」「保護主義」の方向に、大きな一歩を踏み出したのである。すなわち日本の評論家連中が大好きな、「グローバル金融」の終わりの始まりだ。

 現実問題として、「二つの問題」を解決するには、ある程度の金融保護主義が必須なのである。FRBがリーマンショック以降、マネタリーベースを1.1兆ドル(約100兆円)も拡大したにも関わらず、マネーストックがわずかに0.6兆ドル(約54兆円)しか増えないアメリカの現実は、間違いなく異常だ。要するに、国内の投資や消費にお金が回っていないわけである。そうである以上、お金が海外に流れ出す「出口」を塞ぐことは、有効な対策の一つになるわけだ。

 今回のアメリカの戦略変更を主導している(と思われる)ポール・ボルカー氏であるが、以前からウォール街主導型の経済運営(バーナンキ・ガイトナー路線)に批判的であった。約一年前には、「公的資金を受け入れたにも関わらず、リスクの高い投資を続けるウォール街の銀行」を規制するべしという報告書を提出している。

 しかし、一年前といえば、オバマ大統領誕生の前後であり、かつオバマ大統領の支持母体は労働組合と「ウォール街」なのである。当然ながら、当時はボルカー氏の提案が顧みられることはなかった。

 今回、ボルカー氏が再登場した切っ掛けであるが、ウォール街主導型経済運営に対するアメリカ国民の怨嗟の声が、ついには政権支持率や選挙結果までをも左右する状況に至ってしまったためである。ボルカー氏の下で、アメリカは金融面はもちろん、全体的な経済政策の優先順位をも、大きく転換する様子を見せている。

(2/3に続く)


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03月12日更新

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三橋貴明(みつはし・たかあき)

三橋貴明(みつはし・たかあき)

1994年、東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。
外資系IT企業ノーテルをはじめ、NEC、日本IBMなどに勤務した後、2005年に中小企業診断士を取得、2008年に三橋貴明診断士事務所を設立する。現在は経済評論家、作家として活躍中。
インターネット掲示板「2ちゃんねる」での発言を元に執筆した『本当はヤバイ!韓国経済―迫り来る通貨危機再来の恐怖』(彩図社)が異例のベストセラーとなり一躍注目を集める。同書は、韓国の各種マクロ指標を丹念に読み解き、当時日本のマスコミが無根拠にもてはやした韓国経済の崩壊を事前に予言したため大きな話題となる。
その後も、鋭いデータ読解力を国家経済の財務分析に活かし、マスコミを賑わす「日本悲観論」を糾弾する一方で、日本経済が今後大きく発展する可能性を示唆し「世界経済崩壊」後に生き伸びる新たな国家モデルの必要性を訴える。
崩壊する世界 繁栄する日本』(扶桑社)、『中国経済がダメになる理由』(PHP研究所)、『ドル崩壊!』 など著書多数。ブログ『新世紀のビッグブラザーへ blog』への訪問者は、2008年3月の開設以来のべ230万人を突破している(2009年4月現在)。

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