三橋貴明の「経済記事にはもうだまされない!」

第三十七回 アメリカの転進(前編)(3/3)

(2/3の続き)

 アメリカの銀行が民間への貸し出しを増やさない(増やせない?)理由であるが、複数あると考えられている。

  • そもそもバランスシート不況下において、民間が負債を減らし続けている以上、資金需要がない
  • 一般家計や中小企業などに対しては、銀行側が与信を厳しくして貸せない
  • BIS規制があるため、自己資本比率を引き下げるリスク資産拡大には踏み込めない

 特に、アメリカの銀行は国際的な業務が占める割合が大きいため、万が一にもBIS規制に引っかかるわけにはいかない。とは言え、アメリカの民間企業や家計への貸し出しは、普通にリスク資産としてカウントされ、自己資本比率を引き下げてしまう。

 結果、アメリカの銀行は「リスク資産」にカウントされず、同時に金利が稼げる金融商品を切望しているわけである。何しろ、繰り返しになるが、預金準備のままでマネーを保有していても、金利は稼げず、日々逆ザヤが発生する羽目になるのだ。

 リスク資産にカウントされず、同時に金利収入を得られる金融商品とは、果たして何だろうか?


 もちろん、国債である。

 日本の金融機関の例を見るまでもなく、資金の運用難に悩む(たとえ理由が銀行サイドのものであったとしても)銀行が購入できる債券は、国債以外に存在しない。アメリカ政府が景気対策のために米国債の増発を続けているにも関わらず、ここ数ヶ月のアメリカ長期金利(十年物新規発行国債の金利)は3.6%前後で上下している。

 FRBはすでに長期米国債の買取を終了したが(09年10月)、アメリカの長期金利に影響が発生しているようには見受けられない。マネタリーベースの半分しかマネーストックが増えないほどに、アメリカの銀行が運用難に悩んでいるのであれば、長期金利が上昇しない事実は、むしろ自然に思える。

 とは言え、日本の例を見るまでもなく、国債とはその国で最も金利が低い債券の一つである。無論、リスクが最小というメリットもあるが、代わりに運用成績は上がらないという性質の債券なのである。

 それにも関わらず、09年下半期のウォール街の金融機関は、軒並み好業績にわいていた。特に、米金融大手のゴールドマン・サックスに至っては、09年第4四半期の純利益が49億4800万ドルに達し、4半期ベースでは過去最高になったのである。

 これは、なぜだろうか。

 アメリカ国内では目ぼしい投資先がなく、FRBが追加的に提供したマネタリーベース(約100兆円)の半分しか、マネーストックには向かっていないわけだ。ということは、残りの金額の多くは、国債購入に充てられたということである。マネーを金利3.6%程度の債券で運用して、それほど好業績を上げられるはずがない。

 答えはすでに書いたが、ドルキャリートレードである。超低金利(かつ、FRBのマネタリーベース拡大により、金融市場に溢れている)のドルを借り、ホットマネーとしてアジアやラテンアメリカで運用するスキームを中心に、ウォール街の各大手金融機関は軒並み好業績を達成したのである。


『2009年11月29日 「アジア金融危機の再来か?!中国向けが最多、ドルキャリーで新興国バブル―米紙」
 2009年11月27日、米紙USAトゥディウェブサイトは、大量のドルが新興国に流れ込んでいると報じた。通貨高や株式バブルを引き起こすばかりか、ホットマネー流出時には経済が大きく動揺することも予想されるだけに、アジアやラテンアメリカの新興市場は国際資金移動の規制も視野に入れている。
 米調査会社EPFR Globalの調べによると、年初から11月18日までに新興市場には568億ドル(約4兆9200億円)もの資金が流入したという。すでに2007年の500億ドル(約4兆3300億円)を超え、史上最高額を更新した。投資対象国としては中国が最多を占めている。(後略)』


 先にも書いたが、現時点では人民元は対ドル固定相場制を採用しており、米中間の投資において、為替リスクは存在しない。アメリカに溢れる(割に民間への貸し出しに回らない)マネーを超低金利で調達し、数%の金利差がある中国などに投資するだけで、金融機関は確実な収益を上げることが可能なのだ。

 とは言え、繰り返しになるが、ウォール街の金融機関が調達した「安いドル」とは、元々、アメリカ国内向けに提供されたものなのだ。アメリカ国民のために供給された、アメリカ国民のマネーを海外に持ち出し、ウォール街が好況にわく間にも、アメリカ国民は高失業率や地方銀行や中小企業の倒産に苦しめられているわけである。

 これで不満を持つなという方が、無理であろう。


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03月12日更新

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三橋貴明(みつはし・たかあき)

三橋貴明(みつはし・たかあき)

1994年、東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。
外資系IT企業ノーテルをはじめ、NEC、日本IBMなどに勤務した後、2005年に中小企業診断士を取得、2008年に三橋貴明診断士事務所を設立する。現在は経済評論家、作家として活躍中。
インターネット掲示板「2ちゃんねる」での発言を元に執筆した『本当はヤバイ!韓国経済―迫り来る通貨危機再来の恐怖』(彩図社)が異例のベストセラーとなり一躍注目を集める。同書は、韓国の各種マクロ指標を丹念に読み解き、当時日本のマスコミが無根拠にもてはやした韓国経済の崩壊を事前に予言したため大きな話題となる。
その後も、鋭いデータ読解力を国家経済の財務分析に活かし、マスコミを賑わす「日本悲観論」を糾弾する一方で、日本経済が今後大きく発展する可能性を示唆し「世界経済崩壊」後に生き伸びる新たな国家モデルの必要性を訴える。
崩壊する世界 繁栄する日本』(扶桑社)、『中国経済がダメになる理由』(PHP研究所)、『ドル崩壊!』 など著書多数。ブログ『新世紀のビッグブラザーへ blog』への訪問者は、2008年3月の開設以来のべ230万人を突破している(2009年4月現在)。

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