三橋貴明の「経済記事にはもうだまされない!」

第三十七回 アメリカの転進(前編)(2/3)

(1/3の続き)

 FRBはリーマンショック以降、100兆円を越えるGSE債(ファニーメイやフレディマックなどが保証、発行した債券)や長期米国債を買い上げ、市中に流動性を供給し続けた。もちろん、そのお金(厳密には、預金準備)がアメリカ国内の民間への貸出にまわり、経済を活性化することを狙ったわけである。

 ゼロ金利、及びマネタリーベース(この場合は銀行の預金準備)を増加させることで、民間にお金が貸し出され、マネーストック(社会全体のお金の量)が拡大することを期待したわけだ。しかし、09年12月末までのデータを見る限り、アメリカの金融機関は、決してFRBの期待通りの動きを見せていない。

 ゼロ金利にせよ量的緩和にせよ、目的は銀行に「貸出のインセンティブ」を与え、社会全体の金回りを良くすることである。

 例えば、FRBがアメリカの銀行からGSE債を買い取ると、それらのリスクがFRB側に移る。すなわち、銀行はGSE債券(はっきり言ってしまえば、現時点では不良債権)を抱え続ける負担から、解放されるわけである。

 GSE債が売却された結果、銀行のバランスシート上の「資産」は預金準備へと姿を転じる。預金準備とは、銀行がFRBの当座預金に保有するマネーである(FRBにとっては「負債」になる。)。当座預金である以上、預金準備として計上されたお金について、通常は金利がつかない。GSE債を売却した銀行は、代わりにFRBの当座預金にいつでも利用可能なマネーを持つことになるのである。

 とは言え、金利がつかないマネー(預金準備)を保有していても、銀行には逆ザヤが発生するばかりである。結果、銀行は預金準備率(=支払準備率)を上回るマネーについては、早期に何らかの運用に回さなければならないわけだ。運用に回すと書くと分かりにくいが、要するに「誰か」に貸し付けなければならないわけである。

 通常の経済フェーズにおいては、銀行が「あまった預金準備」を貸し出す相手とは、民間企業や家計になる。預金準備率を超えるマネーとは、すなわち銀行にとって、
「とにかく、貸したくて貸したくて、たまらないマネー」
 を意味している。結果、銀行からの「貸出競争」が激化し、金利が下がり、民間への融資残高が拡大していくわけだ。民間に融資されたマネーはフロー(GDP)として支出され、その一部が銀行に預金として戻ってくる。銀行は戻ってきた預金についても、また新たな貸し出しに回し、社会全体のマネーストックが拡大していく。

 これが、いわゆる「信用創造」の仕組みである。資本主義国にとっての根幹機能と言える、信用創造が正常に働く限り、マネーストックはマネタリーベースの数倍から十数倍は存在することになる。すなわち、FRBのような中央銀行が、銀行から各種債券を買い取り、マネタリーベースを供給することで、社会全体のお金の量であるマネーストックについて「供給したマネタリーベースを上回る量」増やすことが可能なはずなのである。

 ある時点において、マネーストックがマネタリーベースの何倍存在するかを示す指標を「貨幣乗数」と呼ぶ。(貨幣乗数=マネーストック÷マネタリーベース)

 何を、くどくどとマネーストックとマネタリーベースの関係について書いているのかと思うかもしれない。だが、実は現在、アメリカの貨幣乗数がとんでもない有様になっているのである。

 図37-1が、2004年1月以降、アメリカ国内においてマネーストックがマネタリーベースの何倍存在するか、すなわち貨幣乗数の推移を見たものである。ちなみに、本稿においてマネタリーベースとは、最も一般的と言える「M2」を採用している。

 アメリカにおけるM2とは、現金や小切手、それに要求払い預金や当座預金などのM1に、MMFや短期の定期預金を足したものになっている。


【図37-1 アメリカの貨幣乗数2004年1月-2009年12月】
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出典:FRB「Money Stock Measures」「Aggregate Reserves of Depository Institutions and the Monetary Base」


 何と、リーマンショック以降、アメリカの貨幣乗数はそれまでの9倍前後から、4倍強にまで落ち込んでしまったのである。誤解しないで頂きたいのは、これは何も「マネーストックが減ったため」ではない。そうではなく、「マネタリーベースを増やしたにも関わらず、マネーストックが全く増えていない」ために生じた現象なのである。

 細かい話をすると、04年1月からリーマンショックまでの期間、マネタリーベースの増加額とマネーストックの増加額を比較すると、1対9.5になっている。すなわち、FRBがマネタリーベースを100増やすと、マネーストックは950も増加したわけだ。信用創造の機能が、きちんと働いていることが分かる。

 ところが、リーマンショック以降のマネタリーベース増加額を、マネーストック増加額と比べた場合、何と比率が1対0.5になってしまうのだ。すなわち、FRBがマネタリーベースを100増やしても、マネーストックの方は50しか増えないわけである。

 もちろん、銀行側はGSE債券などの代わりに手に入れた預金準備について、全額を民間に貸し出す義務を負っているわけでも何でもない。マネーストックが、新たに供給されたマネタリーベースの半分しか増えなくても、理屈上はおかしくはない。しかし、これが「あの」アメリカで起きていることを考えると、なかなかショッキングな話である。

 要するに、アメリカ国内の銀行は、FRBに不良債権(GSE債など)を引き取ってもらい、代わりに預金準備(事実上の「通貨」)を手に入れても、それを民間への貸し出しに回していないわけだ。結果、FRBが頑張ってマネタリーベースを増やしても、アメリカ国内全体の金回りは、少しも改善しないわけである。

 アメリカの銀行が民間への貸し出しを増やさない(増やせない?)理由であるが、複数あると考えられている。

(2/3に続く)


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三橋貴明(みつはし・たかあき)

三橋貴明(みつはし・たかあき)

1994年、東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。
外資系IT企業ノーテルをはじめ、NEC、日本IBMなどに勤務した後、2005年に中小企業診断士を取得、2008年に三橋貴明診断士事務所を設立する。現在は経済評論家、作家として活躍中。
インターネット掲示板「2ちゃんねる」での発言を元に執筆した『本当はヤバイ!韓国経済―迫り来る通貨危機再来の恐怖』(彩図社)が異例のベストセラーとなり一躍注目を集める。同書は、韓国の各種マクロ指標を丹念に読み解き、当時日本のマスコミが無根拠にもてはやした韓国経済の崩壊を事前に予言したため大きな話題となる。
その後も、鋭いデータ読解力を国家経済の財務分析に活かし、マスコミを賑わす「日本悲観論」を糾弾する一方で、日本経済が今後大きく発展する可能性を示唆し「世界経済崩壊」後に生き伸びる新たな国家モデルの必要性を訴える。
崩壊する世界 繁栄する日本』(扶桑社)、『中国経済がダメになる理由』(PHP研究所)、『ドル崩壊!』 など著書多数。ブログ『新世紀のビッグブラザーへ blog』への訪問者は、2008年3月の開設以来のべ230万人を突破している(2009年4月現在)。

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