第三十五回 続 ユーロの危機(1/3)
2010年も、最初の月の半ばに過ぎないも関わらず、早くも欧州の危機が深刻化してきている。
1月14日の欧州中央銀行(ECB)定例政策委員会では、政策金利の1%据え置きが決定された。ユーロ圏全域における失業率の上昇、ギリシャの財政赤字など、ユーロ圏の状況悪化を示す指標や問題が目白押しである以上、当然といえる。もはや、さすがに誰も「出口戦略」などという言葉は口にしなくなった。
今やユーロの「問題児」と化しているギリシャであるが、同14日に財政健全化に向けた三ヵ年計画を採択した。ギリシャは歳出減及び歳入増により、今年の財政赤字を100億ユーロ圧縮する予定である。これにより、本年のギリシャの財政赤字対GDP比率は8.7%(2009年は12.7%)にまで縮小する予定だ。
その前日の1月13日。ユーロ圏で財政赤字に対する「強硬派」であり、ECBの中心的な存在であるドイツのショイブレ財務大臣は、
「ユーロ圏の各国は問題を自分の力で解決すべきで、IMF(国際通貨基金)へ支援協力を要請するべきではない」
と、ギリシャを突き放したも同然の見解を示している。また、同じく1月13日の講演では、ドイツのメルケル首相が、ギリシャの財政赤字拡大はユーロに打撃を及ぼすリスクがあると指摘し、
「ユーロが著しく困難な局面に直面している」
と、述べた。メルケル独首相は、以前はギリシャに対し、やや同情的であったのだが、この日の講演ではショイブレ財務相同様に極めて冷たい態度を取った。メルケル首相は、ギリシャに触れた発言の中で、
「ギリシャの例は我々を非常に強く圧迫しかねない。ギリシャ議会に対し年金改革法案を可決するよう誰が求めるのか。ドイツの指示をギリシャが歓迎するかどうかは分からない」
と、皮肉たっぷりのコメントをしている。
このメルケル首相の言葉は、ユーロ加盟国の立場と、ユーロ圏が抱える問題を端的に表現している。すなわち、ユーロ加盟により財政政策と金融政策が分離された結果、各国は財政政策の実施こそ可能だが、金融政策は独自では不可能という矛盾である。
景気低迷下において、各国の政府が景気対策を実施するというのは、極めて当たり前の対応である。景気が悪化している中で手をこまねいていると、企業倒産が増加し、失業率が上昇し、政府は国民から批判の嵐を受ける羽目になる。民主国家であれば、選挙に勝てなくなってしまうわけだ。
逆に景気低迷下には、野党が「財政支出拡大による景気対策を!」と訴えることで、総選挙に勝利することができる。先週も書いたが、まさしくそのままのプロセスを辿り、政権交代を実現したのが、現在のギリシャにおけるパパンドレウ政権なのである。
景気低迷下で財政支出を縮小するなど、まともな政権にはできない(某国の民主党はやろうと頑張っているが、なかなか苦労しているようである。当たり前だが)。各政権を構成する議員は、通常は各地の「代議員」として選挙で当選したわけだ。彼らが地元に戻れば、資金繰りに苦しむ中小企業や、失業者になった有権者から、容赦なく突き上げを喰らう。それでもあえて、景気低迷下に「ムダの削減」や「緊縮財政」を政策として採用した場合、その政党もしくは議員が選挙で勝てなくなるだけの話だ。
ユーロ圏の場合、ご存知マーストリヒト条約により「財政赤字を対GDP比で3%に収める」ことを定められている。しかし、景気低迷下で政権が緊縮財政を採ることは、政治的リスクが大きすぎる。しかも、財政政策は基本的には内政問題である以上、例えばドイツがギリシャに対し、
「年金を大幅に引き下げる、改革法案を可決せよ」
などと命じることは、もちろんできないのである。明確な内政干渉になってしまう。
とは言え、各国が「財政政策は内政問題」などと主張し、財政支出を際限なく拡大してしまうと、当然ながら共通通貨ユーロの信頼性が揺らいでしまう。ドイツにとって、ギリシャの財政支出拡大自体は同国の内政問題に過ぎないが、共通通貨ユーロの信頼性は、自国経済にも影響する重大事なのである。
だからこそ、ユーロ圏はマーストリヒト条約により「財政赤字対GDP比率3%」という制限を設けているのであるが、その「枠」に拘束力などない。景気が悪化すれば、各国の政府が財政支出を拡大するのは自然な話であるし、現実にユーロ圏のほとんどの国々が、現実にはマーストリヒト条約ラインを無視しているわけだ、
中でも、最も財政状況が厳しいギリシャは、「政府の粉飾会計」という信じがたい問題までもが発覚している。ギリシャ政府のパパコンスタンティヌ財務相は、19日に予定されている欧州連合の財務相会合において、「国家統計システムの改善」に向けた取り組みについて発表する予定になっている。
また、ギリシャ政府は国家統計機関を政府から独立させる法案について、EUやECBに送付し、意見を求めている。政府がここまでしても、ギリシャの「統計」は海外諸国から全く信用されていないというのが現実だ。
1月13日には、CDS(クレジットデフォルトスワップ)の市場でギリシャのデフォルトに備えるコストが、過去最大に達した。CDSとは、金融機関がデフォルトのリスクを売買する市場のことだが、ギリシャのデフォルトリスクを引き受ける際のプレミアム(保証料)が、史上最も高くなったわけだ。
これは、アメリカの大手格付け機関ムーディーズが、
「ギリシャ経済は財政悪化により『緩やかな死』に追い込まれる可能性がある」
と、指摘したためである。
1月14日に財政健全化三ヵ年計画を採択したとはいえ、格付け機関や金融機関がギリシャを見る目は厳しい。三カ年計画が採択された、まさにその日に、債券ファンド最大手のPIMCO(パシフィック・インベストメント・マネジメント)は、ギリシャ政府がデフォルトに陥った場合、債券市場の病巣がユーロ圏やその他の欧州金融機関に、「感染」を引き起こす恐れがあるとの見解を示した。
PIMCO上級副社長のアンドルー・ボソムワース氏は、ギリシャがデフォルトした場合は、ユーロ圏で「小規模なクラスター爆弾」が次々に爆発するような事態になると、警告を発したのである。ギリシャの状況が深刻化すると、第二陣とも言えるスペインやオーストリアの金融機関も影響を受けるという。
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