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米国金融不安2 米議会下院、金融安定化法案を否決、市場の混乱強まる
米議会上下院での可決が確実視されていた金融安定化法案が、9月29日に下院で否決されるという異例の展開となり、同日の米株式市場ではダウ平均が過去最大の下落幅を記録、債券市場では質への逃避も加速するなど、金融市場が動揺している。30日の日本の株式市場も、日経平均の下落幅が一時500円を超えるなど、米国市場の混乱が波及している。これを受けて、なぜ議会下院が同法案を否決したのか、この後の法案審議と金融市場、米国経済の展望について考えた。
(1)米議会下院、米政府と議会幹部が合意していた金融安定化法案を否決
9月29日、米議会下院は、最大限7,000億ドルの公的資金による不良資産買取を柱とする金融安定化法案を賛成205、反対228の僅差で否決した。同法案は、28日に米政府、議会の上下両院の民主・共和両党の幹部、二人の大統領候補者の暫定合意を経て、「緊急経済安定化法案」という名称で下院本会議に上程された。同法案は、議会民主・共和格闘の求めに応じて財務省原案を修正したものとなり、上下両院での可決が確実視されていた。しかし下院では、共和党の3分の2強、民主党の4割が反対に回った。
(2)共和党のリーダーシップ欠如という権力構造が招いた否決
同法案の否決という全くの想定外の結果に対して、共和党ベイナー下院院内総務は、ペロシ下院議長が採決直前の本会議演説で「現政権の失政が金融危機を招いた」と党派色の強い発言をしたことが、共和党の反対票を増やした原因と指摘した。大統領選の選挙戦でも、マケイン陣営がオバマ候補の指導力不足が否決の原因と述べている。しかし、この程度の発言で反対に転じるようなナイーブな議員は少ない。それだけで共和党の反対票が3分の2強になるはずがない。マケイン陣営の発言にいたっては、自党の多数の反対とそれに対するマケイン候補の関与を棚上げにした発言であり、これまでも繰り返されてきた根拠を欠くネガティブ・キャンペーンの一つに過ぎないだろう。
むしろ共和党の大量の反対票は、政権末期、政権の支持率低迷、選挙戦での共和党苦戦という総合的な情勢がそれぞれ影響し、共和党幹部の所属議員に対する統制が効かなかった上に、逆にブッシュ政権から離れた方が得策という遠心力が働いた結果とみるべきである。ブッシュ大統領に代わって指導力を発揮できる立場にあるはずのマケイン大統領候補も曖昧な態度を続けている。共和党は金融安定化法案について求心力を欠いた状態にあるともいえる。
逆に言えば、共和党の反対票は議員の強い信念や、同法案よりもすぐれた代案があるという自信に基づくものではない、消極的な反対であると考えられる。保守派は「政府の民間介入に反対」という姿勢であるといわれるが、不介入を続けることによって金融危機と深刻な景気後退が発生しても、それは市場の均衡回復のために必要なプロセスであるとして容認できる議員が何人いるだろうか。議会の不作為が金融危機を拡大させると強く警告できるリーダーシップが共和党にないからこそ、「政府介入に反対」という姿勢を続けることの危険性を自覚できない議員が多く残っているだけであろう。加えて、同党穏健派の多くが、ただでさえ厳しい選挙戦を強いられている上に、「同法案は公的資金によるウォール街救済」とみる有権者が多い中で、同法案への賛成という冒険に踏み切れないという事情もあろう。民主党でも、個々の選挙区では接線を続けている議員が少なくないために、有権者の反発への警戒感から90票を上回る反対が出る結果となったのだろう。
(3)金融市場は即座に反応、ダウ平均は過去最大の下げ幅を記録
金融安定化法案の否決という予想外の結果は、金融市場を直撃した。同法案可決を織り込んでいた株式市場は激しく動揺、ダウ工業株30種平均は過去最大の下げ幅となる前週末比777.68ドル安の10,365.45ドルという急落となった。下落率は7.0%であり、大恐慌やブラックマンデーの際に記録した20%台ほどの衝撃はないが、30日以降の1万ドル台割れも視野に入る深刻な状態である。外国為替市場では、欧州で金融機関の公的救済が相次いだことから、ユーロ安ドル高になったが、円相場は104円台前半へと円高ドル安が進んだ。債券市場では、質への逃避の動きが再び加速、3カ月物財務省証券の利回りが0.13%まで低下、9月17日の0.03%以来の水準になった。
(4)法案審議の展望:否決された法案が修正なしで近日中に可決の可能性が意外に高い
金融安定化法案を否決した下院は、同法案の再採決など追加的な措置は講じずに休会した。9月30日と10月1日はユダヤ暦のロッシュ・ハシャナ(新年)という祝祭日であり、29日午後から議会を離れる議員が多いためである。下院の再招集も10月2日となる。議会共和党は、幹部が10月2日の再召集から早急に法案修正を経て可決を目指す意向を示している。政府と議会民主党も協議を急ぐ意向であることから、さすがに不良債権買取プログラムの不成立という最悪のシナリオの可能性は相当低いだろう。
問題は再調整の行方であるが、29日現在、複数の有力メディアは10月2日に否決された法案が修正なしで再上程されて否決されるという展望を示している。議会休会の9月30日と10月1日に、金融市場が大荒れになり株価が落ち込み、景気後退懸念が強まるという市場からの圧力が反対票を投じた議員にかかる上に、共和党のベイナー下院院内総務と民主党のペロシ下院議長も各党の反対派に圧力をかけるというのである。
我々は、上記のシナリオが実現する可能性は意外に高いとみている。否決の原因は共和党のリーダーシップの欠如であり、同党の中心勢力の信念ではない。今後、株価の急落や質への逃避という市場の発する警鐘が、現在の共和党幹部の弱いリーダーシップを補完すれば、賛成に転じる議員は増える。繰り返すが、金融危機と深刻な景気後退のリスクを放置してまでも、市場に対する政府の介入を阻むべきという極端な信念をもった保守派の議員はごく少数であろう。他の多くの議員は、反対を続ければ、肝心の選挙が行われる11月には金融危機が進行して景気後退が明確となり、有権者の支持を失う可能性の高さを示せば、判断を変えるだろう。29日に反対票を投じた議員の多くも、同日の株価の史上最大の下げ幅という市場の警鐘によって、リスクの大きさを認識し始めていると思われる。
同法案に対する有権者の態度も必ずしも強固ではない。今後の金融・経済情勢の展開次第では、急速に反対が減る可能性のほうが高い。現にラスムセン社の世論調査によれば、同法案への支持が26日の調査では24%であったのに、28日の調査では33%まで増え、反対の32%を超えたという。この間の政府と議会の協議の難航、法案不成立の場合に生じると想定される家計へのダメージがメディアで頻繁に報じられたことも一因であろう。25日には貯蓄貸付組合大手のワシントン・ミューチュアルに業務停止命令が下り、29日朝にはワコビアの銀行業務がFDIC(米連邦預金公社)の仲介によりシティグループに売却された。家計にとって身近な存在である地方の中小銀行の経営悪化・破綻も増えており、有権者にとって金融危機は対岸の火事ではなくなりつつある。株価の大幅下落が今後も続くことがあれば、年金や資産運用を株式に頼る多くの家計はダメージを受ける。ウォール・ストリートの危機は他人事ではなく、危機の拡大が自らの位置するメイン・ストリートを混乱に陥れるリスクが高いという認識は、今後、着実に強まるだろう。有権者の法案に対する判断の変化とその兆候が、有権者の変化に敏感な議員のスタンスを変えることになる。
(5)市場頼みのコストを払う米国経済
一方で、株価の急落といった市場の警鐘の代償の大きさとリスクも認識しておく必要がある。リーマン・ブラザーズの経営破綻に始まる金融市場の混乱の中で、信用市場ではカウンターパーティー・リスクが高まっている。LIBOR翌日物の金利変動が示すように、先週末までは、FRBが大量の流動性供給を行い、金融安定化法案の成立が見込まれたことで、かろうじてインターバンク翌日物など一部の市場では混乱が徐々に収まりつつあった。しかし、同法案が否決されたことで、再びカウンターパーティー・リスクは拡大するだろう。
近いうちに同法案が再議決から可決に漕ぎ着けるとしても、市場の警鐘頼みの不良資産買取プログラムの成立では、同リスクがあまり解消せず、金融機関間の疑心暗鬼というムードが残るだろう。金融機関の融資姿勢は、最近の金融不安の発生以前でも既に厳格化していたが、今後は一段と厳格化されることになる。それは家計・企業の資金調達に厳しい制約を課すことになり、消費や投資の抑制を通じて景気に強い下押し圧力を加えることになる。現在の業績が好調な業種・企業でも、資金繰りにブレーキがかかることがあれば、投資を抑制するしかない。住宅価格が下落して、購入意欲を高める家計が増えても、資金が調達できなければ、住宅販売は増えず、在庫の高止まりとそれによる住宅価格の一層の下落という悪循環が起きるリスクは高まる。
また、いったんは市場の混乱を放任して、それを警鐘として利用するということは、市場参加者の米政府と議会に対する信認を低下させ、今後も有効な政策がタイムリーに実行される可能性は低いとみる認識が市場に広がって、混乱に歯止めがかからなくなる恐れもある。これも議会が速やかに金融安定化法案を可決していれば回避できるリスクである。また、米国の金融市場と経済の動揺は世界に波及する。政府と議会が不良資産買取プログラムの成立に時間を要し、それが市場の警鐘を用いるものであれば、米国内だけでなく世界の金融市場と経済も、スムーズなプログラムの成立よりも大きなコストを払うことになる。
一方、これまでも金融安定化法案の否決時に予想される混乱が、頻繁に報じられてきたにもかかわらず、認識が不十分であった議会が、今後、市場の警鐘を迅速かつ的確に受信して反応できるのかという疑念もの折る。市場の警鐘を議会が見落とすか、軽視するリスクも存在するということである。このリスクも顕在化すれば、市場の混乱、金融機関の貸し出し姿勢の大幅な厳格化、景気の下押し圧力に結びついてしまう。また、共和党の法案の大幅修正を求め、法案成立が相当遅くなるか、法案の公的資金の規模縮小など大幅な修正が実際に行われる展開も、可能性は小さいがありえる。
上記のリスク・シナリオは、今後の市場の動揺とそこからの警鐘を経ての短期間での金融安定化法案の可決という標準シナリオに比べれば、実現の可能性は小さいと思われる。だが、予想外の法案否決が起こった後だけに、先行きの不透明感は強い。今後数日間は、議会と市場の両方の動向を注意深く見守り、リスク・シナリオに進む可能性に必要を払うことが求められる。
(6)大統領選の重要な争点として順位が上がる「金融安定」
26日の公開討論会は、予定の外交・安全保障政策というテーマに、急きょ金融安定が加わった。金融安定ではオバマ候補が攻勢、外交・安全保障政策ではマケイン候補が攻勢という展開になり、それぞれ相手に差を付ける決定的なポイントもその反対の失点もないまま終了した。主要メディアの討論会に関する世論調査ではオバマ候補が優勢か引き分けという結果になった。
討論会では金融危機と安定化策を巡り、両候補の活発な議論はなかった。だが、金融安定が直前にテーマに加わったことが、有権者の関心が高いことの表れである。今後も金融安定化への道のりは長い上に、選挙戦では「メインストリート」と呼ばれる実体経済への悪影響の波及も避けられそうにない。今後は、金融安定化と経済が大統領の選挙戦のテーマとして優先順位を上げていくことになる。これまでは、このテーマでのマケイン候補の発言が支持率低下に響いたが、今後、どのように挽回していくかが注目される。ただ、公開討論会での、「自らワシントンに戻ったことで、下院共和党が問題解決に乗り出した」という発言は、強弁に近かった。29日もポイントにできる発言は見られなかっただけに、マケイン候補の経済問題への資質と陣営の金融・経済面での戦略に疑問符が付く状態が続いている。今後の体制の立て直しも含めて、次の展開が注目される。
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